軽貨物業界の闇 vol.2──その日、住宅街に落ちていたのは“人の指”だった

目次

第1章:住宅街に落ちていた“人間の指”

2023年4月24日夕方、京都府舞鶴市のとある住宅街で、通行人が道路に落ちている“何か”を発見した。

それは、第一関節より先が切断された、長さ2センチほどの“人の指”だった。

警察は事件の可能性も視野に入れて調査を開始したが、やがて驚くべき事実が判明する。切断されたのは、舞鶴市内に住む60代の男性配達員の指だったのだ。

さらに衝撃だったのは、その後の行動である。

この男性は指を切断した状態のまま、なんと配達を続けていた。

事故か、労災か、過失か、狂気か──情報が錯綜する中、ひとつの確かな問いが浮かび上がる。

指を落としても働き続ける。 そんな現場が、本当に“正常”と呼べるのだろうか。

そして、これはたった一人の異常な判断ではない。

軽貨物業界という構造そのものに、「止まれない仕組み」があるのではないか──。

その可能性を探ることで、私たちは“指の落ちた現場”の本質に近づいていく。


第2章:「切断しても配達した」配達員の行動は異常か、正常か

人はなぜ、指がちぎれた状態で働き続けるのか。

それは「使命感」や「責任感」だったのかもしれない。だが同時に、「そうするしかなかった」のかもしれない。

この配達員は60代。年齢的にも決して若くない。肉体的な痛みだけでなく、心理的なショックも大きかったはずだ。

それでも彼は止まらなかった──なぜか。

もしかすると、止まれば「仕事を失う」から。 あるいは、代わりがいないから。

もしくは、荷主や会社に“文句を言えない立場”にある契約構造の中で、配達を終える以外の選択肢がなかったのかもしれない。

これは決して「異常な人間」の行動ではない。

異常な状況に置かれた結果、正常な判断力が奪われる──それがこの現場のリアルなのではないか。


第3章:軽貨物業界にある“体を壊すまでやる空気”

軽貨物の現場では、「とにかく届ける」ことが至上命令になっている。

無理をしてでも間に合わせる。痛みがあっても我慢する。多少の異常があっても止まらない──そんな空気が、現場を静かに覆っている。

それは、誰かが「強制」しているわけではない。

だが、誰も「止めていい」と言ってくれない。

それが、この業界の最も危ういところだ。

契約はフリーランス、責任は自己責任、そして支払いは歩合制。体調が悪くても、指が切れても、止まった瞬間に収入がゼロになる。

そうなれば、多くの配達員は「とりあえず終わらせてから病院へ行こう」と考えるだろう。

そして──それが“慣れ”になる。

軽貨物の現場では、「倒れてから考える」が常識になりかけている。

だが、命も身体も、替えはきかない。

この“自己犠牲の美学”は、もう終わりにしなければならない。


第4章:労災はない。補償もない。軽貨物の“無敵化”

軽貨物ドライバーは、多くが業務委託や個人事業主という「雇われていない働き方」をしている。

これは柔軟性の高い自由なスタイルとして広まったが、同時に“無補償の労働”という危険な側面も持ち合わせている。

事故を起こしても、労災は下りない。ケガをしても、補償はない。休んだ分だけ収入が減り、仕事を失う可能性すらある。

この構造が、働く人間を“壊れても使える存在”にしてしまっている。

しかも、雇用関係がないことを理由に、会社側は安全指導も管理も行わない。

つまり、“責任は持たないが、業務はさせる”という都合のいい構図だけが残るのだ。

その結果として、指を落としても誰にも報告できず、誰にも頼れず、ただ黙って荷物を運び続けるしかなかった──そんな地獄のような状況が生まれる。

軽貨物は、いまや無敵ではなく、“無責任”な働き方にされてしまっている。


第5章:「逃げない働き方」のはずが「逃げられない労働」に

軽貨物という働き方は、もともと「自由に働きたい人」に支持されてきた。

雇用ではなく業務委託。上司もいなければ、シフトもない。 気軽に始められて、自分の裁量で稼げる──そんなイメージが広まった。

だが実態は、「逃げない働き方」ではなく「逃げられない労働」になりつつある。

報酬は歩合制、案件の継続は評価次第、無断欠勤が続けば、案件を外されることもある。

“自由”と引き換えに、働く側には「すべて自己責任」という無言の鎖が課せられている。

たとえ体調が悪くても、指が千切れても、「やります」と言うしかない。 それが、仕事を得るための“礼儀”になってしまっている。

この構造を利用する者にとっては、実に都合がいい。 責任は負わず、代わりはいくらでもいる。そうした前提が、現場を静かにむしばんでいく。

指を失ったその日も、配達員は走っていた。

それが「軽貨物の現場」だ。

こんな働き方を、本当に“自由”と呼んでいいのだろうか。


第6章:誰のために運んでいるのか──指が落ちた理由を、私たちは知っている

この事件は、「軽貨物は危ない」という一言で片付けていい話ではない。

人の指が落ちていた。 だが、誰もそれを“異常”と叫ばなかった。

それは、もはや社会全体が「軽貨物の異常」に慣れてしまっているということではないか。

便利さを求める社会。 納期を優先する企業。 沈黙を強いられるドライバー。

すべてが組み合わさった結果、指は落ちた。

だからこそ、今すぐにでも考えるべきだ。


解決のために──「こうだからこうなる」構造を断つために

  1. 最低限の安全教育と指導の義務化
    • 業務委託であっても、安全確認や緊急時の対応マニュアルを義務づける。
  2. 契約内容の透明化と相談窓口の設置
    • 「止まってもいい」と言える環境を作る。会社や委託元が責任を曖昧にしてはならない。
  3. 最低保障制度の検討
    • 完全歩合ではなく、最低収入ラインや休業補償が用意されていれば、「体を壊しても仕事を続ける」判断は避けられる。
  4. 消費者側の意識改革
    • 私たちが求める「早く、安く、すぐ届く」の裏で何が起きているか、目を背けてはならない。

このまま放置すれば、同じような事件は必ずまた起きる。

指が落ちたのは、たまたまではない。

私たちは──その理由を、もう知っている。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
目次